私のふるさと
私には「ふるさと」がなかった。父が転勤族で、子どものころはほぼ2年おきに転居を繰り返していたからだ。2つの幼稚園、3つの小学校に通った。学生時代に「ふるさとはどこなの?」と聞かれて答えに窮したことを今でも思い出す▼11年前に貴重なご縁をいただき、新潟で政治活動を始めさせていただいた。知人友人が1人もいない中で、至らぬ私を温かく受け入れていただいた三富佳一(かいち)前県議団長をはじめ新潟県の皆さまには感謝の言葉しかない。その後も未熟な私が議員活動を続けさせていただいているのは、ひとえに地元の皆さまのご支援の賜物である▼東京から新幹線に乗り、長岡を過ぎると弥彦山の変わらぬ山体が目に入ってくる。山全体がご神体になっている越後一之宮、新潟県で最も社格の高い神社である。その姿を目にすると、「ああ、ふるさとに戻ってきた」と安らぎを感じる。ここ越後平野が私のふるさとなのだ。弥彦山に手を合わせる。明日も一日頑張ろう。